5000ヒット記念:エグゼSS

「えーんざーん!!」

波打ち際でブンブン手を振っている小柄な人物を気だるく見やる。
足元では波しぶきが上がり、色の薄い髪は潮風に揺れている。
これで立っているのが猛暑の炎天下でなければ、かなり羨ましい状態だ。

「炎山ってばー!!」

飽きずに手を振っているのを見て、子供は元気でいいよなー、とかつい頭をよぎった感想を即座に打ち消した。
いやいやいや、同い年だから。
その“子供”は、これ以上楽しいことなんてないかのような満面の笑みを浮かべていた。
正直、何がそんなに楽しいのか一切理解できない。

「お前もこっち来いよーっ!!」
「断る…」

相手と同じように叫ぶ気力などない。
こちとら天下のIPCの副社長なのだ。と言っても偉いとかそういう意味じゃない。
基本的に、オフィスに篭もりっきりなクーラー病の人間なのである。
そんな奴を海に連れ出したところで、一般人のように活動できるわけがなく。
パラソルの下でアイスコーヒーを飲みながら、連れが1人で遊ぶのを眺めるのが精一杯だった。

***

どこから漏れたんだか、久しぶりのオフの日だと聞きつけて熱斗が家に押しかけてきたのが2時間前のこと。
「海行こ海!」
あまりにも煩かったのと、水の近くなら多少は涼しいかも、という楽観的推測によりホイホイ連れられて出て来てしまったのが失敗だった。

まず電車。同じように海に行く人間でラッシュとタメを張れるくらい混んでいた。
やっとの思いで到着すると、当たり前だが電車内に勝るとも劣らないニンゲンの群。
さらに真夏の太陽は容赦なく照り付けてくるし、最後の頼みの綱でもあった、爽やかなイメージを持っていた潮風が運んでくるのはひたすら熱気だけ。
磯の香りだなんて海水浴場では無縁で、鼻をくすぐるのはただただサンオイルの匂いのみ。

海に入って泳ぐ気力など、既にどこかに消え去っていた。

***

「炎山!」

いつの間にか、この状況を生み出した元凶――光熱斗が目の前まで来ていた。
自分が持っているのとは別の飲み物を掴んで差し出す。
「コーラだったな」
「ん、サンキュ。
 …じゃなくって!」

ただでさえ暑さでバテているのだから、あまり騒がないでほしい。
思いを非難の眼に込めて睨むが、効果はまったく無かった。

「なんで来ないんだよ、つまんないじゃん」
「そんな風には見えなかったぞ」

さっきまで元気にハシャいでいたではないか。
滅多に持たないバッグからビーチボールまで取り出して、それはもう楽しそうだった。
かれこれ30分くらい。

「0人で楽しいわけないだろ!」
「確かに1人で海に行くなんて人間、ナンパ目当て以外には聞かないな」
「…分かってんなら泳げよ」
「断固として断る」

膠着状態に陥る。
こればかりは何が何でも譲れない。睨み合いが続く。

が、ため息と同時に熱斗が先に折れた。

「なんだよー、珍しくこっちで休みがあるっていうから念入りに調べといたのに…」
「は?」
「だってさ、最近お前ずっとアメロッパだったじゃん。
 帰ってきてからも仕事仕事でさ。メールも全部シカトだし。
 そんな時に休みがあるって聞いたから、せっかく夏なんだしここは海でも連れ出してみようと」
「ちょっと待て、その情報はいつも誰から仕入れてるんだ」
「それはモチロ……ゴメン、秘密。
 バレたら次から教えてもらえなくなっちゃう」
「だから吐けと言っている」
「いーやーだー」

この調子では無理か。
次こそは誘導尋問でもして絶対に聞き出すと誓おう。

「そんでさ、どこの海なら近いとか電車はどれに乗るとか、オレにしては頑張って調べたんだぜ?
 手伝ってくれたメイルちゃんが『宿題でもこんな熱心にやらないのに』って嘆くくらい」
「(ほとんど調べさせられたんだろうな…不憫な。)
 なら彼女と来れば良かったじゃないか。彼女なら喜んで付き合ってくれるだろう」
「だって炎山と来たかったんだもん。
 それにメイルちゃん、今年はピアノの発表会とか家族旅行とか予定詰まってるんだって。
 スゴイ悔しがってた」

そりゃ好きな男が、別の奴と2人で海に行くなんて聞いたら悔しいだろう。
と、そう考えてまた悲しくなってきた。
なんでこんな奴と2人っきりで海なんか来てるんだ俺は。

……海?
そうだ、問題なのは海だ。

おもむろに荷物の中から赤いPETを取り出す。

「ブルース、行くぞ」
『はっ』
「ええっ!? お、ちょい、待てよ!」
「なんでもっと早くに思いつかなかったんだろうな。
 ここに居ても無益この上ない」
「じゃあ泳げばいいじゃ」
「それはイヤだ」
「……むぅ~!!」

頬をこれでもかと膨らませている。まったく、そこまで子供じゃないだろう。

「ブルース、近くにゲームセンターはあるか?」
「え?」
『はい。徒歩で7分ほどの場所に、大型のものが1軒あります』
「地図を頼む」
『了解しました』
「え? え?」

目を丸くしている。
本当にころころと表情の変わる奴だ。

「聞いてなかったのか?
 行きたくないんならここで遊んでていいんだぞ」
「ぇ、っと?
 つまり、日差しが当たらなくてクーラーがガンガンに効いてる所なら付き合ってやらんでもない、と」
「……帰る」
「わわわ、待って!行く行く!」
「10分までなら待ってやる、さっさと着替えろ」
「いえっさー!」


『炎山様…宜しいのですか?』
「何がだ?」
『本当に帰って休まれた方が、お身体にも良いと思うのですが』
「たまにはバトルも良いだろう。それに…」
『それに?』
「外に連れ出してくれた礼だ。
 やはり、引き篭もっててはダメだな。自分から動かないと」
『…………。
 ……はぁ、成る程』

最近とみに年寄りじみた台詞が増えたなぁと思ったが、主人のために口には出さない、賢いブルースだった。

終われ。

あとがき

5000フリー絵を用意したい…!
→8月だしどうせならテーマは「夏」で。なら水着で。
→でも水着な炎山て想像できない…
→熱斗くんが誘い出せば着てくれるだろうか
→…この際、SSでも良いだろう!!(なげやり)

とかまぁそんな感じの経緯で完成。
結局、水着炎山も描こうと足掻いたのですが激しくダメでした。
てか半袖姿すら浮かばねぇ。恐るべし引き篭もり(違。

でもこの炎山ものっそい書きやすかったんだけどw
同年代の人間が元気に盛り上がってるのを冷ややかに眺めるのは大得意です。(自慢できない)
そして僕の書く熱斗くんはやたらと拗ねてる…。
恰好悪くなっちゃってゴメンよ熱斗くん。

戻る

2005.09.22 upload