うさおくんは見ていた

それは連休のまんなかの日曜日、狙っていたカワイめのキャミソールをやっと買えて、 ゴキゲンで帰路についた時のことだった。

「あれ、ツララちゃん?久しぶりー」

いきなり声がした。

「げ、リュータ先輩…」
「げっていうのはヒドイなぁ~」

言いながらへらりと笑っている。言葉のわりに傷ついてはいないのだろう。

日に焼けた肌に短めの金髪。顔は結構カッコイイ部類に入る。
いかにも遊んでそうな容姿だが、これで実は頭悪いと行けないそこそこの高校に通っていたり、そこのサッカー部のホープとか言われていたりする。人を見かけで判断できないという見本だ。
先輩は近くの私立高校に通っているため、2つ下で中学生のアタシに会うことは少ない。
知り合いなのは家が近所だから。
昔は、人見知りが酷かったアタシを連れ回して遊んでくれるような、面倒見の良い人だった。
それにはとても感謝してる(おかげで友達の数はちょっとした自慢である)のだけれど、正直会いたくなかった。
久しぶりの再会なのに、年上なのに、「げ」なんて言ってしまったのはひとえにコレが原因。
彼は成長するにつれて、いやな“大人っぽさ”を発揮したのだ。

「またおっぱい大きくなったんじゃない? いや~ぁ会うたびに美人になってくねぇ」

セクハラ大王め。
先輩は中学に入った頃からこうなってしまった。おおかた、バカな友達の影響を受けたのだろう。
“近所のお兄ちゃん”としては頼りになるいい人だったけど、もはや“女の敵”以外の何者でもない。

「あーそれはどうもー」

アタシだってここ数年で、こういう手合いはマトモに相手してはいけないと学習したので、言葉とは裏腹にとてもイヤそーな表情で告げた。
が、やっぱり先輩はへらりと笑っているので、伝わったのかはよく判らない。
どうやって切り上げて帰ろうか。
やっぱり話を終わらせるのがいいだろう、でもこの人は意外と口が達者だったりするので上手くいかないかもしれない。ならほかの手は…などと思案していると、唐突に彼が喋り出した。

「そうだ、ねぇこの後ヒマ?」
「えぇ、これから帰るとこですけど…」

…ハッ、しまった。
考えるのに没頭してて、うっかり本当のことを言ってしまった。
ここでウソついとけば逃げられたのにっ。

「んじゃオレ、ツララちゃんちに行きたい!」
「………え゛。」

片付いてないとか妹が居るからとか挙句の果てに今は立ち入り禁止区域になってるとかワケのわからないコトまで言って抵抗したけれど、なぜか全てに理由をつけられ論破され、結局押し切られてしまった。
言うまでもなく、実際は他人を入れたところで全然問題ない(いつも妹の部屋で遊んでるからアタシの部屋は散らからないのだ)けど、この人だけはイヤだった。なんとなくだけど。
大して面白くもない普通の日常、要するに近況報告を垂れ流す先輩と並んで、アタシは家に帰った。
なぜかとてつもなくイヤな、悪い予感がしていたけど、無力な自分ではどうすることもできなかった。

 ***

「わー、やっぱり5年も来ないと変わるもんだねぇ」
「そりゃそうでしょうねぇ…」

小学生から中学生へ。変わらないはずが無いだろう。
時間が移ろうと共に趣味も嗜好も変わる。
5年前だなんて、何が好きだったすら覚えて……いない。いないったらいないの!
今となっては忌々しいだけの記憶が蘇ったけど、意識して考えない様にする。

「あれ、これ何て言ったっけ」
先輩が指差していたのは、ベッドの枕元に置いてある“うさおくん等身大ぬいぐるみ”だった。
「なに言ってるんですか!いま女の子の間でイチバン流行ってる、うさおくんですよ」
「うさおくんかー。そう言えば名前は聞いたことあるよ」
でもそんなに流行ってたっけ、なんて失礼なコトを呟いてるのは聞こえないフリ。
そりゃまぁ、ちょっとは誇張してないことも無いケドね?
最も今うさおくんがブームになってるのは、他ならぬアタシの中なのだから。

半年くらい前にハマって以来、頑張ってグッズを集めまくった。
うさおくんマグカップに、うさおくんぬいぐるみ大中小3種、うさおくんキーホルダーは学校カバンにつけてるし、うさおくん日記帳なんて、文を書くのも毎日続けるのも苦手なアタシですら、書き始めてから3ヶ月めに突入するほど大事に使っている。
特にお気に入りなのはうさおくんコート。これはフードがうさおくんになっている赤いコートで、ポップンパーティー出演の依頼料としてMZDがくれたものだ。なんとアタシのために特注してくれたらしい。
人の1番喜ぶ物が分かっている彼は、やはり神様なんだなぁと納得する。見た目は全然そんなんじゃないから。
……話が飛んでしまった。

「あー。でもやっぱりツララちゃんの部屋だよねぇ。ニオイが前と変わらないや」
「はぁっ!?」
5年とかキッチリ覚えてるだけで既に気持ち悪いのに、更にニオイなんて言い出すか。 思わず鳥肌がたった。
「この中のどれを見てもツララちゃんが残ってるよねー」
「ちょ、ちょっと…」

「ツララまみれって感じ?」

ぞくぞくぞくっ。
なんて気持ち悪いフレーズを考えつく人なんだろう。いや、もう人じゃないかも知れない。
…変態星人。そうだ、変態星人。なんてピッタリなんだろう。
これから目の前の生物をそう呼ぼうと思う。心の中で。

「い、いい加減そんな気持ち悪いこと言うのやめてくれません?」
「気持ち悪いとは心外だなぁ。オレとしては目一杯ホメ言葉のつもりなのに」
嘘だ絶対ウソだ信じられるかそんなん。
「どこがホメてるんですか…」
「どれも全部ツララちゃんに似て可愛いって意味だけど?」
「え…」
どきん、なんて胸が高鳴る音は聞こえないフリで。
あぁ神様、どうしてこんなカオのいい格好良い人が変態星人なのでしょうか。
真顔でこっちの眼を見ながら「可愛い」なんて言わないで欲しい。
なにしろ見た目だけは良いのだから。

…また昔のコトを思い出してしまう。
違うの、あれは若気の至りってヤツで!

「ツララちゃん?」
「はぅっ」
気が付いたら顔を覗き込まれていた。
「どしたの?」
「ちょ、ちょっと考え事してただけですっ!」
照れが1割と嫌悪感9割から、身体を離そうと先輩の胸の辺りを押す。
が、びくともしなかった。
細いように見えてやっぱり男の人なんだなぁと感心……してる場合じゃなくって。
「なんで抱き寄せてるんですかっ!」
気付かぬうちに背中に腕を回されてた。こ、この距離はヤバイ…。

「んー、君が好きだからかな?」
「はぁッ??ん、むぐ…ッ」

信じられない、そのままキスされてしまった!!
アタシの…アタシのファーストがこんな変態星人に…。
最後の抵抗、絶対に眼なんて閉じてやらない!と先輩の閉じたまぶたを凝視していると、ゆっくりと開いて茶色い瞳が見えた。そして、スっと楽しそうに眼を細めた。
(な、なんなのよ~~!!)
カオが良い人は何しても得だと心底思った。
こんな変態星人は大嫌いなのに、もう昔の想いなんて引き摺ってないハズなのに、
(なんでこんなにカッコ良いの~ッ!?)
どこかで嬉しく思ってる自分が居る事に気付いて、やるせなくなった。

「今日はありがとねー。ツララちゃんの唇、おいしかったよv」
「…ッ!!」
長いようで一瞬だった口付けが終わるとスグに、変態星人はアタシから離れた。
「二度と来るなーッ!!!」
最後の精一杯の拒絶。うさおくんグッズ以外の手元にある物を片っ端から投げつける。
「あはは、危ないよー」
でも先輩は余裕でかわしている。く、悔しい…っ!!

「あ、そーだ、あとね」
「まだ何かあるんですかッ!」
「そんな涙目もそそるケドね、笑顔の方が可愛いよ」
「…ッ!!」
更に色々投げつける。さっきは理性で押さえてたうさおくんグッズも、ついに先輩への投擲道具と化す。
「ってのは冗談でー」
「いいからさっさと帰れっ」
「あはは。ツララちゃん来年は受験でしょ?
 君のお母さんから、家庭教師の依頼受けちゃったー」
「……えええぇえっ!?」
「知ってるかもだけど、こう見えても意外と勉強できるんだよオレ」
「で、でも先輩、部活で忙しいんじゃ」
「大好きなツララちゃんに会えるんだもん、そんなのどうでもいいよ」
「…またそういう心にも無いコトをっ」
「ホントだって。前から好きでした」
「誠意のカケラも感じませんっ!」
「ホントに本当なんだけどなぁ…じゃ、来週の日曜かららしいから、よろしく」
「よろしくしません!絶対家に入れないんだからぁぁぁッ!!」
「あれま、嫌われちゃったなー。来週からはもっとイイコト教えてあげるね。それじゃまたー」
「もう来るなーッ!!!」
バタン。

…………。
前から好きだった、なんて信じられるハズが無い。
5年前に憧れてた先輩は、彼と同じクラスの美人の女の子と付き合っていたのだから。
だからこそアタシもそんなキモチは、ついさっきまで忘れていられたのに。
「今更、そんな…」
好きだなんて。頻繁に家に来るなんて。
「……神様のバカーッ!!!」
MZDはいいひとだったけど、そう叫ばずには居られなかった。


おしまい?

あとがき

こんなん出来ましたっw
気が付いたらリュ太が……たらし属性がチラリと。誰だこれ。
無意識とはげに恐ろしきモノですな(コラ。
ついつい振り回されてるツララちゃんに萌えて頂ければ幸い。です。
ではではー。

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2007.06.08 upload