Rainy Day

「うわぁ、雨降って来ちゃった…」

次の時間で授業が終わるという休み時間、窓の外を見たリクが言った。
それは小さな呟きだったのだが、隣に居たモモにはしっかり聞こえていたらしい。

「もしかしてリッくん、傘ないの?」
「うん、いつもは鞄に入れてるんだけど…」

つい先日使ったとき、乾かしてそのまま放置してしまっていた。
朝のニュースで必ず降ると言っていたのに、こういう日に限って忘れてしまう自分の迂闊さを呪うばかりである。
(今朝はソーマくんに起きてもらうのに時間かかっちゃったからなぁ…)
幼い同居人の事を思い出す。
今日は少し遅くなるから、家事をいくつか頼みたかったのだ。
それを伝えるために起こそうとしたのだが、なかなか起きてくれず、遅刻ギリギリで登校した。
もちろん、玄関を出るときに傘など思い出している暇はなかった。

「あ、あの、もし良かったら――あたし傘持って来たから一緒に帰らない?
 その、ほら、ちょうど家も隣だし。
 でもこれは単に幼馴染が傘忘れたから塗れて帰ったら可哀想って心配してるだけであって、
 別に憧れの相合傘vとか恋人みたいvとか考えてるわけじゃなくってっただ純粋にっ」
「ありがとモモちゃん。でも、僕きょう日直だから」

言いながら黒板を指さす。
日付の下の「日直」の欄に、太刀花、と白いチョークで書かれていた。
部活の顧問でもあるユミ先生は、とにかく早く帰れるように日々頑張ってくれているようで、朝と帰りの学活は極めて短い。
そして、どうやらその分が日直の仕事に皺寄せが来ているらしい。他のクラスと比べると、日直がやらなければならない仕事が倍近くあるという噂を聞いたことがある。
と言うわけで、どうしても帰りは遅れてしまうのだ。

「待たせちゃうの悪いし、大丈夫だよ」
「そのくらい別にいいのに」
「でもモモちゃん、確か今日って習い事ある日でしょ?
 余計に待たせられないよ」

その通りだった。
木曜日はピアノのレッスンがある。だから毎週早めに帰り、先生が来る前に練習しているのだ。
でも一応、その時間がなくても大丈夫な程度には毎日練習している。

「リッくん……」

自分についてそんな細かいことまで覚えてくれていることに感動を覚えつつ、でもやはり彼を心配する気持ちが先に立つ。
今でこそ運動部で活動できるほど元気だが、リクは小さい頃、体が弱かった。雨の中を歩いた次の日は、必ず鼻をグスグス言わせてた気がする。
さすがにもうそんなに酷くはないだろうけれど、それでも心配である。

「それじゃ、必ず誰かに傘入れてもらうのよ!
 この時季の雨って冷たいんだから、気をつけてね」
「うん、ありがとう。そうするね」

そこまで話したところで、廊下を先生が歩く音がした。
「じゃあね」と手を振りながら席に戻るモモを見送りながら、誰なら家が近いかな、と考えるが、答えは出なかった。

***


放課後。

黒板消しの掃除、チョークの補充、日誌への記録などなど日直の仕事を全て終わらせると、教室にはもう誰も居なかった。
普段ならグラウンドで活動する運動部の人たちが時間まで雑談してたりするのだが、雨で休みとなったためか、さっさと帰ってしまったらしい。
おしゃべり好きの女の子たちも、やはり雨の影響なのか、既にいなかった。

「モモちゃんに言われてたのにな…」

元々あまり気の強い方でないリクに、雨に濡れたくないから遅くなるけど待っていてくれ、なんて声をかけるなど出来る訳がなく、結局誰とも帰りの約束をしなかった。
ついでに、傘立てに入ってる忘れ物を拝借する、なんて事も出来ない。どちらかと言えば拝借される側である。

ふぅ。
鞄を持ち上げつつ窓の外を見ると、モモと会話をした頃よりずっと雨足が強くなっていた。
これでは、歩こうが走ろうが濡れ方は変わらないだろう。

「でも、仕方ないよね」

忘れた自分が悪いんだし。
今更嘆いても何も変わらない。帰ったらすぐにお風呂でも沸かして温まればいいし、と色々と諦めつつ下駄箱へ向かう。
…と、ふいに声を掛けられた。

「ずいぶん遅かったな。そんなに日直に仕事押し付けるってどれだけサボってるんだよ、あの先生」
「え……ソーマくん?」

家に居るはずの同居人が、なぜだか目の前で仁王立ちしていた。
一瞬混乱して辺りを見回す。
ここは天神中学東門の近くの下駄箱だ、間違いない。自分の家でも小学校でもない。
そもそも、この同居人は小学校など行ってはいないのだが。

「どうしてこんなところに?」
「傘持ってきたに決まってるだろ。ほら」

そういえば彼の小さな腕に、紺色のこうもり傘と小振りな赤い傘の2本がぶら下がっていた。
大きな方を手渡される。

「あ、ありがと。でも何で?」
「何で?ってお前なー…
 外は大雨だし、折り畳みはちゃぶ台の下に置いてあるし、ズブ濡れで帰ってくるって丸わかりじゃんか」
「それでわざわざ迎えに?」
「…このまんま置き去りにして欲しいんならそうするけど」
「わ、違う違う。ソーマくんがこんなことしてくれるなんて思ってなかったから」

割とクールで面倒くさがりだと思っていたのだが、根は相当優しいらしい。

「ナズナにでも来させれば良かった?」
「ううん、ソーマくんが来てくれて嬉しいよ、ありがとう。
 本当に助かった」
「…………」

思ったとおりを率直に告げると、プイと顔を背けられた。
しかし、オレンジの短髪から覗く耳が赤くなったのが見える。
可愛らしさに笑いそうになったが、怒られるのが目に見えてるのでぐっと堪えた。
代わりに声を掛ける。

「じゃ、帰ろっか」
「…うん」

傘を開き、歩き出す。

「… 最初はそうしようと思ったんだけど、アイツもこの雨なのにどっか行ってたんだ」
「ナズナちゃんのこと?」
「そう。
 あ、傘はちゃんと持ってったみたいだけど」
「きのうお醤油が切れたって言ってたから、それ買いに行ったんじゃないかな」
「そんなの降ってくる前に行けばいいのに…アイツも運悪いな」

くくくっと笑うソーマをたしなめる。
ぴちゃぴちゃ。
と、何か思い出したように別の話題を語り始めた。

「そうだ、来る時にモモちゃんと擦れ違ったよ。
 見るなり『頼みに行こうと思ってたの!』とかなんとか言われたんだけど…何の話?」
「んー……、モモちゃんも傘無いの心配してくれてたから。その関係じゃないかな」
……みんなリクに過保護だ…
「え、何か言った?」
「…言ってないよ」

ぴちゃぴちゃ。
真っ赤な傘に隠れて見えないが、先程からずっと断続的に、ソーマの足元から水溜りを踏むような音が聞こえている。
サンダルなのに冷たくないのだろうか。
というか、わざわざ踏まなければいいのに。大人ぶってはいるが、幼さを隠し切れていない。

「…そうだ、迎えに来てくれたお礼に何か買って帰ろうか。お菓子とか」
「それならボク、神羅万象チョ…………
 リク、財布持ってないだろ」
「え?…あ、あれ」
「それも折り畳みと一緒に落ちてた。
 要らないだろうと思って持って来てないぞ」
「……えーと。
 それじゃ、悪いけどまた今度ね」
「ったく……」

ぴちゃぴちゃ。
ソーマが早歩きをしているようなので、気付かれないように少しだけ歩調を緩める。

ぴちゃぴちゃ。
そういえば部活仲間以外の誰かと並んで歩くなんて、ずいぶん久しぶりかもしれない。
雨の日も悪くないかも、と思うリクであった。

あとがき

ものっそい今更なんですけど、ソーマくんとリッくんの喋り方を把握できてないです orz
特にソーマくん。雰囲気違ったらゴメンナサイ…! 容赦なくツッコミ入れて下さいませ。

それと式神出せなくてごめんなさい…(毎回言ってるなぁ)
コゲンタはずっと顔洗ってるんじゃないですかね。雨の日の猫だからw
降神しても動き鈍そう。
フサノシンは……トリってどうなるんですか!?
毛繕いとかしてるのかなぁ。どきどき。フサノシンに繕うほど羽根があるかは置いといて。

ソーマくんが挙げたお菓子は僕が食べたいやつです(聞いてないよ。
なんかこう、じゃが○ことかカ○ムーチョ辺りは定番すぎてつまんないかなぁと思ってw

ほいでは読了ありがとうございましたー。

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2005.10.30 upload