第1次絶影騒動

「今日はー何ーっを作ろっかな~♪」
「……?」

とある昼さがり、第4代絶影ことクオンは妙に上機嫌のミヤビを見つけた。
その手にあるモノが気になったので、珍しく自分から声をかけてみる。

「桃華仙」
「ひゃっ!……って、絶影さん?」
「すまない、驚かせるつもりは無かったのだが」
「いきなり天井から人が落ちて来たら、フツー驚くよ…」

先日の大戦で身内に顔が割れ身を隠す必要は無くなったのだが、忍びという立場上、未だに人に姿を見せる事はあまりない。
習慣どおりに天井に居たのが悪かったのだろう。今後は振る舞いを改めた方が良いかもしれない、とクオンは考える。
…主君に許可を頂ければの話だが。

「それで、桃華仙、」
「ミヤビで良いよ。
実はその名前、大袈裟で少し苦手なの」
ぺろ、と小さく舌を出すミヤビ。
「だから私も、クオンって呼ばせて?」
「…ああ、構わぬ」

本来は肉親と主君以外の者に真名を知られてはならないのだが、彼女が今言ったように、もはや王に近い人間には大体覚えられている。
大戦が集結した時に「見慣れない奴が居る」と囲まれたクオンを、サイガが4代目絶影だと紹介したためだ。
代々の契りを破られたのは正直悲しかったのだが、自分を助けるためにそこまでして下さったと思うと、主君への忠義は増すばかりである。

「あ、話逸らしちゃったね。それで、どんなご用?」
ああ、と首肯しながら、クオンはミヤビの腕の中を指差す。
「それについて聞きたいのだが」
「え、このニンジン?」
ニンジン。
栄養が詰まっている事をこれでもかと主張する橙が鮮やかな、セリ目セリ科の野菜。カロテンが豊富で、炒める・煮るなどしてよく食される。
ミヤビはそれが溢れんばかりに詰まった紙袋を腕に抱いていたのだった。

「これね、さっき念のために領内をパトロールしてたら、農家のおじさんに貰っちゃったの。いつも見回りありがとーって。
気を遣わなくて良いよって言ったんだけど、受け取らないのも失礼って空気になっちゃって。
あ、ちゃんと今回だけだって言ったからね? 怒らないでね?」
「怒る道理など無い」

そのような民衆が居るとは流石サイガ様の治める土地だ、とクオンはどこか間違った思考に進みかけていた。

「あ、それでね、折角だからこれから厨房借りてキャロットパーティーしようと思うんだけど、良かったら一緒にどう?」
「…厨房を借りる?」
その言葉を聞いた途端、クオンの纏う雰囲気が変わった、気がした。
違和感を覚えつつもミヤビはいつもの調子で続ける。
「うん、ニンジン料理たくさん作るの。スープとかケーキとか色々!
それで、どうしても人手が必要だから、もしイヤじゃないなら手伝って欲しいの。皆に声かけるだけで良いから。ね?」
「承るが…その口振りだと、作るのはもしや…」
「私だよ?
って、流石に1人じゃ時間もレパートリーも足りないから誰か呼ぶつもり、なんだけ、ど…」

これはオカシイ。ミヤビは確信した。
4代絶影ことクオンとは、少なくともミヤビが知る限り、常に沈着冷静でクールな性格の人物だった。
しかし今、目の前に居る者は、
同一人物のハズなのに、
仮面で表情は見えないのに、

(なんかウズウズしてる…っ!)

「その役目、拙者に任じて貰えないだろうか」
「…………。
絶影さんがっ!?」
先程わざわざ了解を取ったのも忘れ、使い慣れた通名で呼んでしまう。
「他に適格な者が居る事は重々承知の上で頼み申す。
拙者にやらせてくれ!」
「…………」
彼女がこんなに強く話すのは初めて聞いたので驚いた。
さて、どうしよう。ミヤビは素早く思考をまとめる。
今はかなりの人手不足であること。あれほどサイガ以外の人物との接触を避けていたクオンが、ここまで張り切って「やりたい」と言ってくれていること。
断る道理も理由もなかった。
「…それじゃ、よろしく頼んじゃおっかなぁ」
「!!!」
「一緒にお料理ガンバロー!」
「うむ!」

しかし、何故か嫌な予感が止まないミヤビであった。

***

その後、道すがら出会った人々に声をかけ(料理人に立候補する者は結局居なかった)、厨房に到着。
すぐに作業に取り掛かり、数時間後。

「ぅわーお……」

間抜けな声を出したのはミヤビだ。
それもそのはず、10人以上が座れる大きなテーブルの全面にニンジン料理が並んでいる。
スープやグラッセ、煮物などは勿論だが、ミヤビが知らない料理も多かった。
自分もレパートリーの限りを尽くしたつもりだったのだが、どう見てもクオン製の物の方が、種類も質も上だ。
隣の人物を見やる。料理だから、と説得したので仮面は外しており、貴重な素顔が露わになっている。が、その表情は普段のイメージと同じ、無だ。自分が貸したひよこエプロンが恐ろしいほど似合わず、生活臭がまったく無い。
そんな相手だからと軽く見ていたのは認めるが、まさかこれほどの腕前とは。結構自信があっただけに大ショックだ。
(うぅ、オンナノコとしてのプライドが……)
しかし、むしろ後学のために色々聞いておくべきだと思い直す。
「ねぇクオン、私初めて見たんだけど、これは何て言う料理?」
「…それは名を聞いているのか?」
「うん、あと作り方も!」
「名ならまだ存在していない。良かったらつけてくれ。
そして製法は……秘密だ」
ふふ、と少し嬉しげに微笑みながらクオンが答える。
「え、それじゃこっちのは?」
「それも同じだ」
「じゃあこれは?」
「同じく」
(ま、まさか……創作!?)
ミヤビは愕然とした。
創作料理とはつまり、これらの製法を知るのは世界でクオン一人だけという事を意味する。
ここまで料理上手だったとは。

「気になるのなら食べてみるか?」
「え?まだみんな来てないけど…」
「これだけの量を用意したのだ、味見するくらいの権利はあろう」
「……」
いたずらっ子のような彼女の顔を見て言葉を失った。
初見では“美人”という印象が強かったが、こういう表情をすると非常に可愛らしい。見てるだけで幸せになれそうだ。
「そうか…そうだよね。
じゃあ早速、クオンのこれ味見させて♪」
こくり。彼女が首肯したのを確認して、甘い輝きを放つ煮物らしきニンジンをつまむ。
ぱく。

……
…………
……………………。
バタリ。
(な、なに、あたまが、ぐるぐるぐーって、こんな…、こんなの、いきものが、りかいできる、ものじゃ、ない…よ……)
「ミヤビ?」
(く、クオン…)
いきなり倒れたので声をかけてみるクオンだが、ピクリとも反応が無い。
「ミヤビ、おい、ミヤビ」
(きこえてる、よ…あれ、からだがしびれて、うごけな…)
やはりミヤビの反応が無い。駆け寄って脈をとってみると、少しだけ速いが、正常の範囲内だった。気絶しただけだと結論づける。
問題はなぜ突然に倒れたかだが、状況から考えて、原因は1つしかない。
「……拙者の料理は、気を失うほど美味だったのか」
(だんじてちが…っ!!)
思いっきり叫びたいミヤビであったが、声帯を震わせる程度の力すら捻り出せない事に気付く。
あんなに、あんなに見た目は美味しそうなのに…!
と、そこに。

「よぉミヤビーっ!料理ってもう出来たか!?」
「コラ、引っ張るなと言うに」
力強い元気な声と、迷惑そうな声が聞こえてきた。テッシンとライセンだ。
「良い所に来たな。丁度みなを呼ぼうと思っていた所だ」
「え、絶影さん?なんでここに…ってうひゃー!ウマっそう~!!」
ずらりと並んだ料理を見て、感嘆の声を上げるテッシンは放っておいて、ライセンはクオンに話しかける。
「お主が居るとは意外だったな」
「料理ができると聞いて、ミヤビに頼んだのだ。快い承諾を貰った」
「貴殿が料理?…ほう、これは確かに……」
確かに、どれを見てもちょっとした料亭でないと食べられなさそうな物ばかりだ。これを用意したのがミヤビ・クオンの2人だとすると、職業料理人も顔負けと言って差し支えないだろう。
そんな事を考えながら机を見渡していると、ライセンは視界の隅に、見慣れた桃色の毛玉を発見した。
まさか調理場に毛玉が転がってるはずがない。目を凝らしてよく見ると、それはただの毛玉でなく、毛髪だと気付く。
あのような色の髪を持つ者は聖龍族に多くない。また調理場を貸し切れる事、絶影の顔を知っている上に団体行動なんて試みるような大胆さ(人懐っこさとも言う)を持っている事、さらにこの場に居るはずなのに存在しない人物が居る事を考えるに、該当者は1人しかいない。
「…桃華仙」
駆け寄ると、どうやら気絶しているようだった。
「起きよ、桃華仙!桃華仙!!」
「……ラ、イセ…さま…?」
意識はあるらしい。
「何があった?」
「!……べちゃ…めぇ…」
口はパクパク動いているのだが、声が伴っていない。
唇の動きから読み取る。
『りょ・お・り』
『だ・め』
「料理?
……まさか!!」
慌てて振り向くと、テッシンがつまみ食いをしようとクッキーらしきものをつまんだ所だった。
「テッシン、それを食してはならぬ!」
「へ?」
ぱくり。
…………。
ライセンの檄も空しく、テッシンは言葉の意味を解する前にそれを口にしてしまった。
「っ、貴様!」
つまみ食いに気付いたクオンの声はテッシンには届かず、彼はそのままパタリと倒れた。
「テッシン!」
ライセンが駆け寄るが、既に意識は無くなっていた。クオンを睨み付ける。
「絶影…何を企んでいる?」
ここに集まったのは、我ら聖龍族の中でも腕利きの者たちばかりだ。その彼らが揃いも揃って倒れるなど、何か毒の類を盛られた以外、考えられない。
しかしクオンは悪びれもせず、淡々と答えた。
「企んでいるなどとは人聞きの悪い。ただ料理を振る舞っただけだ」
「ただの料理でこの者たちが倒れるとでも申すつもりか」
「現に倒れてしまったのだから仕方なかろう。拙者の所為ではごさらん」
両者一歩も譲らず、視線を外さない。
「正直に言え。何を盛った?」
「盛っただと?我が主の治める地の民に、拙者が毒を飲ませたと、そう申すのか!?」
ライセンは無言で首肯する。
「人生最大の侮辱だ!この屈辱、晴らさぬまま引き下がる訳には行かぬ!!」
クオンは腰の物に手を掛ける。それを見てライセンも刀を握った。
聖龍族同士で争うなど御法度どころの騒ぎでは無いが、しかし裏切り者を放置しておく事の方が問題だ。
一触即発の睨み合い。

と、そこへ。
「どうしたんだい?」
「サイガ!」
「殿!」
聖龍族の長であり、クオンの主でもある、サイガが現れた。
クオンは今の自分の状態に気付く。
「これは、御前でとんだ無礼を…っ!」
刀に掛けていた手を離し、跪いて深く頭を垂れた。ライセンも一瞬遅れて跪く。
「はは、クオンはいつも大袈裟だなぁ。
いいよ、面を上げて。師匠(せんせい)も」
「ははっ!」
やはり我が主は心の広い、御立派な方だとクオンは思う。
「それで、ご馳走があるって聞いて来たんだけど…」
「はい、こちらに!」
クオンは喜々として机に案内する。ライセンが睨んでいるが無視だ。
並んだ料理の量と質に、目を丸くするサイガ。
「うわー…これは頑張ったねぇ」
「全てはミヤビの手柄です。材料を用意したのも、企画したのも、厨房を借りられたのも、全ては彼女の働きあってこそで御座います」
「そうか、ならミヤビにお礼言わないとね。
あとそうだ、肝心の料理作ったのは誰なのかな?」
「はっ、それもミヤビで御座います。
…僣越ながら、拙者も少々…」
「え、クオンが?」
「はい」
「じゃあ早く食べないと悪いね。みんなは?」
クオンは気絶した2人を放置してある方を一瞥し、答える。
「暫くは来ません。どうぞ熱いうちにお召し上がりください」
「ん。みんなには悪いけど、そうさせて貰おうかな」
「待て、サイガ」
椅子に座り箸も持って準備万端なサイガを見て、ライセンが止める。会話に割り込むのは無粋なので黙っていたが、このままではサイガの身が危ない。
「その料理には毒が盛られている可能性がある。そのまま棄てるべきだ」
「…どういう事ですか」
サイガの目が鋭くなる。
「私がここに来た時、既にミヤビが倒れていた。彼女は『料理を食べるな』と申しておった。
事実、直後に料理を口にした途端にテッシンが倒れておる。疑う余地は無いだろう」
ライセンが淡々と述べた。
「クオン?」
「我が主が治める地の民に、ましてや仲間や殿本人が口に入れる物に、そのような事は致しませぬ!」
「うん、それを聞いて安心した。クオンがそんな事するはず無いよね」
ニコリと微笑むサイガ。その表情と信頼の詰まった言葉に、クオンは心からの安らぎを覚える。
――この方に仕えられて良かった、と。
「一応聞いとくけど、調理過程で毒が混入しそうな事は?」
「ございません。材料は全て信頼できる筋の物ですし、衛生面はミヤビと拙者で完璧に管理しました」
「よし」
鷹揚に頷く。
「…と言う訳で師匠、何かの間違いです。
大方、美味しすぎて感動しちゃったとかじゃないですか?」
「そんな馬鹿な!」
沈着冷静で知られるライセンにしては珍しく、大声である。
「犠牲者が2人も出ているのだぞ?
今回ばかりはお主のそのお気楽な楽観、許容する訳には行かぬ!」
「いくら師匠でも、私の大事な臣下を疑うなんて…許しませんよ」
師弟での睨み合いになる。
が。
「そんなに疑うなら食べてみれば良いんですよ」
言うが速いか、サイガが素早くライセンの口に煮物を放り込む。

 むごっ!?

ライセンは後悔した。
余りにも予想外の行動だったとは言え、甘んじて攻撃を受けてしまった事。そして…。
(これは毒などではない!
それ以上の…もっとかけ離れた…さいあくの…)
思考が収束する前に、意識は途切れてしまった。

「…………」
「ほんとに倒れちゃった…。
クオン、どこか落ち着く場所に連れてってあげてくれる?」
「承りました」
クオンはひょいとライセンを担ぎ上げる。

「それじゃ、いただきまーす」

――――――ミヤビルート――――――

「それじゃ、いただきまーす」
まだハッキリしない意識の中、ミヤビはサイガの声を聞いた。
(あぁ…食べちゃダメなんだってば…)
「んーっ、美味しい!」
(え…?どういうこと…)
「昔と同じ味だなぁ。懐かしいよ。
料理の腕は衰えてないみたいだね、クオン」
「お褒めに預かり光栄です。…ではライセン様を運んで参ります」
「うん、行ってらっしゃい。頼んだよー」
(……あれ?)
まだ朦朧としている頭を持ち上げ、なんとか立ち上がる。
…間違いない。サイガはあの毒味(どくあじ)の超絶料理を、本当に美味しそうに食べている…っ!
「サイガっ!」
「ああ、ミヤビ、おはよう。もう起きて大丈夫?
そうだ、準備お疲れ様。先に食べちゃってごめんね。でもお陰様ですごくおいs」
「いつも私の作ったお菓子とか料理とか!『美味しい』って言いながら食べてるじゃない!
なのになんで!」
一歩一歩を踏み締めて近付いて来るミヤビ。戦闘時以上に威圧感たっぷりだ。
「ちょ、ミヤビ…」
「そんな気絶するくらい不味い料理に!
同じ感想が…言えるのよっ!!!」
だーんっ!と両手でテーブルを叩く。机上のものがガチャガチャと音を立てるが、そんなのに構っていられない。
「えぇっと…」
「男ならハッキリする!」
「はいっ!」
言い淀むサイガを一喝すると、少し落ち着いて来た。
一国の王たるサイガにここまで大きく出れるのは、聖龍の里広しと言えど、ミヤビだけである。
「…さっきミヤビは不味いって言ったけど、私はクオンの料理、本当に美味しいと感じたからそう言っただけだよ。別にウソをついた訳じゃない。
ミヤビの料理も一緒。確かに味付けは多少違うけど、どっちも本当に美味しいと思ってるよ。
それに…」
「それに?」

いつもは柔和な笑みを浮かべているサイガが、稀に自信に満ちた表情をする事がある。
たとえば遊びの最中で、勝利を確信した時。
たとえば戦闘前、指揮官としてみんなに指示を出す時。
たとえば国民の前で演説をする時。
ミヤビはその表情が大好きだった。普段表には出ない、熱い青い炎が垣間見えるような気がして。
そう、今のような。
「私のために真心込めて作ってくれた料理が、不味い訳がないじゃないか」
「あ…」
いつも素直に言うのが恥ずかしくて、作りすぎて余っただの、他の人に作ったついでだのと言って渡していたのに。
(気付いてたんだ…サイガのためだけに作ってたって…)
「いつも楽しみに待ってるから。
また作ってね、ミヤビ」
「うんっ、任せて!」

――――――クオンルート――――――

「…あ、いつも余り物って言って持って来てたような。しまった、間違えた」
ミヤビの軽い足取りで厨房を出て行く背中を見送ってから気付いたが、時既に遅しだった。
入れ替わりにクオンが戻ってくる。
「…殿、今ミヤビが妙に楽しそうに出て行きましたが」
「うん、料理のお礼言っただけなんだけど、なんかすごく喜んでくれた」
「彼女も若様のために張り切っていましたから。
…あ」
自分の失言に気付く。
「も、申し訳ありません」
「何が?」
「その、今つい、若様などと…」
それは、幼少時に使っていた呼称だった。
「あ、そう言えば。
でもいいよ、人も居ないし。クオンにそう呼んで貰えるの好きだから。
どうせならずっとそのままが良いな」
「そ、そうですか…?」
“好き”という単語が何やら恥ずかしくて、思わず俯く。
「ふー、ご馳走さま。
美味しかったよ、ありがとう。こんなに作ったら大変だったでしょ」
「いえ、と…若様のためですから」
言い直すのを聞き、サイガがふふ、と笑う。
「若様?」
「なんか懐かしいなぁって。
若様って呼ばれながら、クオンの料理食べれるなんて」

出生の関係上、あまり表を出歩けなかったクオンは、幼少時は先代絶影に匿われていた。
その頃に暮らしていたのがサイガの住まう屋敷の一角で、たまに遊びに来る王子の世話係をしていたのだ。
その一環で料理を披露した事もある。もっとも、当時は未熟で卵焼き1つ満足に焼けなかったが。

クオンもそんな幼い頃の記憶を蘇らせていると、サイガに呼ばれた。
「クオン、こっちおいで」
「? はい」
手招きに応じてサイガの正面に移動する。
「後ろ向いて」
「こう、でしょうか」
「そうそう」
くるっと回る。
「しゃがんでみて」
「あの、若様…」
「いいから」
サイガは椅子に座ったままなので、彼の肩の高さにクオンの頭が並んだ。
「えい」
髪を結い上げていた紐が、するすると外された。ボリュームのある髪がふわりと広がる。
「昔やってたの思い出したら、なんかすごくやりたくなっちゃった」
「若様…」
幼い頃、クオンのふわふわ揺れる髪が好きだったサイガは、隙を見てはこうして紐を解いていた。
また、それだけでは飽きたらず。
「メチャクチャに結って、解けなくなった事もあったね」
「ええ、あの時は参りました」
髪を撫でるサイガの手に心地よさを感じながら、クオンは答える。
「絶影様も呆れておいででした」
「うん、たくさん文句言われたよ」
当時を思い出し、2人で笑う。こんなに穏やかな時間が過ごせるのも、戦乱の時代は終わったからだろう。
「最近は、どう?
いじめられたりしてない?」
明言こそされなかったが、それは混血という正体を明かしてからの話だと、クオンにはしっかり伝わった。
「とんでものうございます。みなには良くして貰って…友人も出来ました」
「ああ、さっき“ミヤビ”って呼んでたもんね」
「はい」
自分でも正直、ここまで抵抗なく受け入れられるとは意外だった。つい最近まで争っていた、敵部族との混血だと言うのに。
「若様が治めている地ですから」
「え?」
「他の誰でもない、若様が統治している地であるから、国民もみな心が広いのだと思います」
髪を撫でていたサイガの手が止まる。
「…なんかそれ、私が大雑把な性格って言われてるみたいで傷つくなぁ」
「い、いえ、けしてそのような事は…!」
「冗談だよ」
くす、と笑われる。恥ずかしくはあるが、不思議と嫌な気はしなかった。
サイガの手の動きが変わる。どうやら1つに束ねているらしい。
「何かあったら、いつでも私の所においで。私の力は、みなを守るためにあるのだから」
「勿体ないお言葉です。
ですが、若様をお守りするのが拙者の役目。守って頂く訳には参りませぬ」
「うん、身辺警護はクオンに任せるんだけど」
クオン以上の適役は居ないだろうし、と付け足す。
「よし、出来た」
いつの間にか、髪が結われていた。
解く前と変わらないくらい丁寧に結われていると、鏡を見ずともクオンにはわかる。
昔はあんなに下手だったのに。
「…あの頃は私が居場所を貰っていたから、その恩返しがしたいんだ」
幼い頃のサイガは、勉強が辛くなるたび、離れの建物に逃げ込んでいた。クオンはそんな自分を叱るでもなく、いつも一緒に遊んでくれた。
いま考えると、ずっと隠遁生活を強いられていた彼女も、遊び相手が欲しかったのかもしれないけど。
彼女の存在にどれほど救われた事か。
「お前が私の身を守ってくれる限り、私はお前の居場所を守るよ。
これからも…ずっと一緒に居てくれるかい、クオン?」
「仰せのままに。
この命尽きるまで、殿について参ります…!」

あとがき

ケータイでちまちま書き続ける事、1年3ヶ月!
総文字数、約8700字!
待ってくれてた人(居るのか?)本当にありがとうございます。
クオリティこんなんで申し訳ない…。

ちなみにサイガがたらし台詞吐いてる上に告白っぽい事をしてますが、
本人その気一切無いので。
これだから天然たらしは困るw
あーあとサイガよりクオンの方がちょっとだけ年上なイメェヂ。

そもそもは有能そうなのに家事は致命的に出来ないクオンと、
色々ぶっ壊れてるけど仕事では優秀なサイガ、っていうだけの話でした。
…サイガがこういうイメージなのってきっと仲間内だけだな。
ちなみにCV:野○健児で読んで頂けると僕らの思い描いてるサイガ像に、より近付きますw

スペシャルサンクス:咳さん(@siwabuki)
2人の設定やら呼称やら、そもそものネタ出しやら、強力な協力を頂きました!
この場を借りてありがとうございました。

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2007.06.08 upload